2021年10月19日火曜日

別れの予感

老齢の母をひと月に一度病院に通わせていた。ボケの一種なのかそれとも現実なのか、耳の中に人が住んでいると言い始めた。耳鳴りの一種と思われた。

電車で三十分ほどの小さな町にある大学病院。そこにもう何度も通っている。いつも私が付き添うのだが、仕事の都合でその時は兄に付き添ってもらった。兄はしばらく前に勤め先をクビになって家でゴロゴロしていた。

私も駅まで着いて行って二人を見送った。二人が改札をくぐって、私は近くの陸橋の上から電車が入ってくるのを眺めていた。二人が無事に乗るのを一応確認してから帰ろうと思った。

電車が入ってきた。二人の姿が見える。よちよちと歩く母の手を引いて二人が乗るのが見えた。そのシーンが、何故か今生の別れのように、瞬間感じた。何故か分からない。分からないがそう感じた。

現実にはそんなことはない。無事に二人は戻り、帰りにどこで飯を食ったとか、そんな話で一応盛り上がったりもした。

兄はそれから凡そ十年後に胃癌で亡くなり、母もそれから更に四年後に介護途中で亡くなった。途中で大腸癌が判明した。

しかし何故か、陸橋から眺めたその時のシーンが妙に焼き付いている。時期は違うが、私は二人の何らかの部分と、その時別れたのだと、今も感じている。

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