2023年8月31日木曜日

癌--14

身を持ち崩したことを、兄は自分でも認識していた。この面では確かに気の毒に思う。学業が出来て大学もすんなり入ったのに中退させられた。家業を無理やりやらされたのだ。つまらない段ボール加工の仕事に父は妙な未来を感じており、兄にこれをやらせて事業を拡大しようとしていた。兄は中退させられたと思ったら直ぐに運転免許を取らされ、取ったら直ぐに商品の配達をやらされた。随分ストレスだったろうと思う。車は派手なエンジン音の中古も中古のダイハツの軽トラだった。幾つも乗らない。そんなので配達していったい一日いくらになったのだろうか。

いつの間にか兄は高校や中学校の同窓会に一切出なくなった。久しぶりに再会する旧友たちがそれなりに出世もして行くなかで兄は父から小遣い程度の賃金をもらう身の上だった。稼ぎなど黙っていればわからぬし、私の感覚ではそこを気にする必要はなかったと思うが、兄としてはたまらなかったのだろう。

しかしそれが持ち崩した原因の全てかと言えば、私にはそうは思えない。後にして分かったのだが、兄は、実は高校生の頃から賭け事が大好きだったのだ。学生時代は精々パチンコで、パチンコ程度なら可愛いが、社会人になってからは競馬競輪ボート、何でも手を出した。それらをずっと、家族には秘密でやっていた。判明した時にはあちこちに随分な借金があった。皆驚愕したのは言うまでもない。

確かに元々の性格がそれだった。その上に、何年家業をやっても収入も増えないし社会的地位とも関係ない。家業は振るわず、食べるのが精々だった。そんな生活をしていたら、何か一つ当てたいと思うのも無理はなかったかも知れない。私には分からない。そもそもの性格だったのか父の強引さが更なる引き金だったのか。いつの間にか兄は自己管理がまるでできない性格になっており、それがずっと私を苦しめることになった。


2023年8月19日土曜日

癌--13

兄はまだ自分が死に行く身であることを知らない。薄々感じてはいるが知らないふりをしているのかも知れないし信じたくないのかも知れない。元々兄は己に都合の悪いこととかは考えない性格だった。

ぼんやりこの兄のことを考える。決して仲の良い兄弟じゃなかった。どころか、歳が離れているので共有できることが少なくて、仲よく遊んだ記憶があまりない。遊んでいても虫の居所がちょっと悪ければ八つ当たりされたりが毎日だった。性格は全くの小姑で、私がある年齢に達するまでは毎日嫌なことを仕掛けてくる変なものでしかなかった。

半面学業は割とできて、学校や教師からの評価も高かった。一方私はまるで出来損ないで、親は二人とも蔑視線を私に向けていたように思う。特に母が私を叱る時は何故と思う程の憎悪の表情だった。今思い出してもどうしてあれ程顔を歪めていたのか、その理由を私は知らない。軍隊上がりの父は父で、異様な程乱暴だったことがある。一人が私を叱れば三人が一緒になることが多かった。

嫌な兄だったがとにかく学業はできた。大学にもすんなり進学して順風に見えたその兄が、途中までは自分の志はあったろうが、崩れた。身を持ち崩したのだ。