2024年3月21日木曜日

癌--16

兄は借金癖と共に時に行方不明になる癖があった。出たら出たっきり仕事を放ったらかしたままなかなか帰ってこない。このことで父も母も毎度のように嘆いていた。忙しくてどうしようもない切羽詰まった時とかに、何故かフッといなくなるのだ。

不思議としか言いようがないのだが、どこで何をしていたのか、遂に判明したことがなかったようだ。私はまだ子供で眺めているしかない状態だったが、明日納期というてんやわんやに何故かふと姿が消える。私は家の仕事を手伝っていて、ようやくホッとため息吐いた時にフラッと帰ってきて、言われるだけの文句を黙って受け流している、そんな兄をぼんやり眺めているしかなかった。

つまり、兄にはどこか得体の知れない気味の悪い部分があった。何を考えているのかすら知れなかった。普段ならともかく、何故こんな時に居なくなるのか、そんな時に限ってふっと居なくなるのだ。得意技と言えばお笑いだが、そんな性格の人間も世間には居るのかも知れない。

見栄が異常に強いのも嫌な面だった。何かの集まりで自分の自慢のネタになるものなら家からドンドン持ちだして、それを持って帰ってきた試しがない。質屋で金を借りていたこともあった。見栄と金銭にルーズなのとは必ず結びつく。

この兄が、とにかく学生時代は成績が良くて、しかも性格が賢しらなのでその時までは父にも母にも学校の教師にも評判が良かった。しかし私には毎日鬱陶しい嫌な人間でしかなかった。

その兄の、いや、家族三人の最後の面倒を看させられる格好になってしまった。どこかで縁を切って放ったらかしてやっても良かったのだと、腹の中にとごるものがあった。


2024年3月1日金曜日

春雨バーガー--17

「だけどよ、なんて訊けばいいんだ」

「いいよ、俺が訊くから」

「まあそうだ、他所から来た俺が訊いても今ひとつ分からんな」

Мはへっへっへと笑った。その笑い顔をチラッと見て、私はふと思った。だいたいこの男とはそんなに親しい訳ではない。親しくはあるが普段付き合いがある程度だ。私が呼んだからとてМが何故こんな辺鄙なところにまで来てくれたのか。物好きと言えば物好きだ。

だが人の付き合いにはそういうことが普通にある。ある集まりで一緒になって、遅くなったから泊めてもらって風呂にまで入れてもらったのに、会ったのはその一度だけ。そんな人もある。それを考えればこれは普通の成り行きだろう。

コンビニの前に来た。道路を渡って何の気なしに私が先に入ったがМは外に立って上を見上げている。なにか珍しい物でも見つけたのかと思い一旦外に出た。

「なにみてんだ」

彼は黙って指さした。

「ペンキの看板だな、今時珍しいな」

「そうじゃねえよ」

「なんだいったい」

「看板の周りに蔓のようなものが見えたんだがな、お前が店に入ったらスッと引っ込んだような気がしたんだ」

「どの辺だ」

「どの辺てことはないんだが、あちこちで…」

私は看板のあちこちを眺めた。特に変わった様子はないが店の名前は変だった。MUSHIZUとかいてある。

「ムシズなんて変な名前だな」

Мはまだ看板のあちこちを眺めていた。私は更に言った。

「こんな名前のコンビニチェーンなんてあったか」

彼は首を傾げた。「知らん」

しょうがなく私は催促して彼を引っ張るようにして再度店に入った。