2024年4月14日日曜日

粘着質--15

その後彼とはしばらく連絡を絶った。ブログは止めると言っていたし、やめてしまえば徐々にどうでも良くなる。粘着質が近所に住んでいるならともかく、ネット上のことだし、小説を書いている私としては興味のある題材だが、彼にとってはいささか不愉快でもあるし、せっかくのブログを閉じることになった経緯はあるが、そもそもがどうでも良い話であろう。

と思っていたら、いささか面倒なことがこっちに持ち上がってしまった。私は趣味でヘボ小説を書いているが、セミリタイヤしている普通人だ。なので地区の町内会には普通に属しているし順番で回ってくる当番もこなしている。役割分担をして地区の細々したことなどの取り決めのための会合もある。

しかしながらこういう集まりと言うのは、その殆どがわざわざ仕事を作って集まっているようなものであって、だからお互いにトラブルにならないように言葉使いなども気を使いつつ共同してやっている。当番はその時々に応じてメンバーが変わるので同じ顔合わせにはならない。だから場合に寄っては、随分ややこしい人と役をしなければならないことがある。

そういうことが、起きてしまった。

2024年3月21日木曜日

癌--16

兄は借金癖と共に時に行方不明になる癖があった。出たら出たっきり仕事を放ったらかしたままなかなか帰ってこない。このことで父も母も毎度のように嘆いていた。忙しくてどうしようもない切羽詰まった時とかに、何故かフッといなくなるのだ。

不思議としか言いようがないのだが、どこで何をしていたのか、遂に判明したことがなかったようだ。私はまだ子供で眺めているしかない状態だったが、明日納期というてんやわんやに何故かふと姿が消える。私は家の仕事を手伝っていて、ようやくホッとため息吐いた時にフラッと帰ってきて、言われるだけの文句を黙って受け流している、そんな兄をぼんやり眺めているしかなかった。

つまり、兄にはどこか得体の知れない気味の悪い部分があった。何を考えているのかすら知れなかった。普段ならともかく、何故こんな時に居なくなるのか、そんな時に限ってふっと居なくなるのだ。得意技と言えばお笑いだが、そんな性格の人間も世間には居るのかも知れない。

見栄が異常に強いのも嫌な面だった。何かの集まりで自分の自慢のネタになるものなら家からドンドン持ちだして、それを持って帰ってきた試しがない。質屋で金を借りていたこともあった。見栄と金銭にルーズなのとは必ず結びつく。

この兄が、とにかく学生時代は成績が良くて、しかも性格が賢しらなのでその時までは父にも母にも学校の教師にも評判が良かった。しかし私には毎日鬱陶しい嫌な人間でしかなかった。

その兄の、いや、家族三人の最後の面倒を看させられる格好になってしまった。どこかで縁を切って放ったらかしてやっても良かったのだと、腹の中にとごるものがあった。


2024年3月1日金曜日

春雨バーガー--17

「だけどよ、なんて訊けばいいんだ」

「いいよ、俺が訊くから」

「まあそうだ、他所から来た俺が訊いても今ひとつ分からんな」

Мはへっへっへと笑った。その笑い顔をチラッと見て、私はふと思った。だいたいこの男とはそんなに親しい訳ではない。親しくはあるが普段付き合いがある程度だ。私が呼んだからとてМが何故こんな辺鄙なところにまで来てくれたのか。物好きと言えば物好きだ。

だが人の付き合いにはそういうことが普通にある。ある集まりで一緒になって、遅くなったから泊めてもらって風呂にまで入れてもらったのに、会ったのはその一度だけ。そんな人もある。それを考えればこれは普通の成り行きだろう。

コンビニの前に来た。道路を渡って何の気なしに私が先に入ったがМは外に立って上を見上げている。なにか珍しい物でも見つけたのかと思い一旦外に出た。

「なにみてんだ」

彼は黙って指さした。

「ペンキの看板だな、今時珍しいな」

「そうじゃねえよ」

「なんだいったい」

「看板の周りに蔓のようなものが見えたんだがな、お前が店に入ったらスッと引っ込んだような気がしたんだ」

「どの辺だ」

「どの辺てことはないんだが、あちこちで…」

私は看板のあちこちを眺めた。特に変わった様子はないが店の名前は変だった。MUSHIZUとかいてある。

「ムシズなんて変な名前だな」

Мはまだ看板のあちこちを眺めていた。私は更に言った。

「こんな名前のコンビニチェーンなんてあったか」

彼は首を傾げた。「知らん」

しょうがなく私は催促して彼を引っ張るようにして再度店に入った。



2024年1月18日木曜日

癌--15

兄が賭け事にのめり始めた理由はそれなりにあるかも知れない。元々の性格がルーズだったことは間違いないが、冴えない家業を強いられて日々のうっ憤があったろう事は容易に想像できる。試験勉強もちゃんとこなし成績も良かったのだからなにもかもがルーズという訳ではない。しかし一旦踏み越えてくると押さえが訊かなくなる。意外な人が賭けごとにのめるには、ある種のメカニズムが働いて、それに引っかかってしまうと誰でもきっとそうなり得るのだろう。身を持ち崩す社会人はどこにでも居て、別に兄だけの問題じゃないのだが、にしても、どこかで止まることはなかったのかと思わぬでもない。

しかし、人と言うのはそういうものだ。心の中では何とか解決方法を探すのだが、負けが込むとそれを取り返すためには更に賭け事をするしか方法がないのだ。借金に追われた身で更に借金を重ねて一発当てに行くようになる。言い出せる段階ではなくなっている。

一度は隠し通せなくて一家の大問題になった。首を吊ろうと思っていたと兄はその吐露した。親戚中から金を工面してどうにか凌いだ。親戚には遂に返済しないまま今日に至っている。

一旦は身軽になったが、癖は取れなかった。主に競馬から小さく始まって、長い時間かけて同じことになった。