2022年2月22日火曜日

粘着質

友人と語らう。ちょっと癖があるが、別にそれが支障になるほどのものではない。気楽な奴だ。そいつがこぼしていた。

そいつは絵を描いている。そんなブログをやっているそうだ。私は見たことがない。私は文字の方で、実はあまり絵には関心がない。言うと悪いから黙っているが…。

彼が言うには、どうやらブログが粘着されているらしい。一つ記事を書くとそれに絡んだ記事を書いて、三日くらい後で必ず自分の記事にする人が居る。

ということは相手も絵を描いているのだろうが、それもどうやら二人居るらしい。二人はどうやら知り合いのようだ。似た者同士はくっ付く。それが世の習いだ。

粘着質はどこにでも居る。そういうものからは黙って遠ざかる。普通ならそれで良い。しかしブログはそういう訳には行かない。相手はずっとこちらを見張っていて、記事のネタを拾っているのを黙って黙認するしかない。ネタを取って、初めて知ったようなことを生まれつき知っていたように言うらしい。

もう止めようと考えて居る。大体ブログをやっていて一銭の金になる訳じゃない。この頃は面倒だったから、丁度良い機会だ----彼はそう言う。

粘着質は治ることはない。もう生まれつきさ。そういう人に餌を与えることはない。時間の無駄みたいなことだったらすっきり止めてしまった方がよろし。私もそう思った。

でも他人のことは言えない。自分だってこんな奇妙なアクセスひとつないブログをやっている。自分でも理由は分からない。粘着質が出てこないだけましだけど。

2022年2月3日木曜日

電話

電話の向こうで叔母があれこれ言っている。はっきりと聞こえない。いつものように何やら怒っている。この人はずっと昔からそうだ。普通の人なら引っかからないようなことでも直ぐに機嫌を悪くしてなにやらと言う。

子供の時から嫌いだ。大嫌いだ。なにかあって消えてくれたらいいのにといつも思っていた。今も思っている。言葉使いに棘があり、多分誰に対してもそうなのだ。皆この人を避けている。

そんなのが何故距離も離れている自分に電話をしてくるのか。どうやらなにやら揉め事があったので一度来いと言っているようだ。

馬鹿げている。何で行かなきゃならない。こっちもそれ程気の長い方じゃない。行くと必ずトラブルになる。そもそもそんなこと、自分に関係ない。

これまでにも何度かこんな電話がかかってきた。その度に適当に不機嫌な声を聞いて受け流す。いったい、何故自分がこんな人を相手にしなければならないのか、段々腹が立ってくる。

当家は昔苦しくて、自分が物事もわからぬほどの幼いころに多少の金を借りたようだ。それ以来当家に態度がデカイ。その多くを、成人してからの自分に出すようになった。父も母も亡くなっているが、ふたりには言わなかった。以後自分に対して昔の恩を言い出して、それがずっと続いている。

ぼんやり考える。縁切寺とか神社とかは、こんな時の願い事も聞いてくれるのだろうか。あの人はもう死ぬまで多分こんな感じだろう。