2022年1月17日月曜日

癌 8

どうひいきめに見ても、兄とは仲が良かったとはいい辛い。気取り屋で知ったかぶる癖があり、特に私が幼かったころは小舅のようにネチネチと私をいじめた。逃げ場のない私には本当に毎日がストレスだった。何かあって居なくなってくれれば良いとさえ日々思っていた。大人になってからは遊び癖が付いて、作った借金の尻ぬぐいをさせられた。通じて困った存在だった。

そんな兄なのに、どうか手術が成功するようにと、私は癌封じの寺や神社を訪ねた。先はなくても、一旦は手術が成功して家に帰らせてやりたいと思った。懸命に祈った。何故なのか。厄介な兄だったことを思えば、さっさとおさらばできると喜んでも不思議ではなかった。

別の生き方はなかったのか。今さら思ってもしょうがないことを、他に考えることもなくつらつらと思ってしまう。成人してから家業を継がされてからの兄は自分の未来を閉ざされたように思ったかも知れない。やりたいことは他にあったのだと思う。だから屈折した。それは解る。しかし子供時代の兄の不機嫌さと私をしょっちゅう叱る粘着性がどこから来たものか理解できない。親父は身勝手だったが割とあっさりした性格でそんな粘着性はなかった。

私から見た兄は、周囲が見る兄とは全く違っていた。学校での成績は優秀。中学生時代は教師の覚えも目出度く、校内のちょっとした人気者だったようだ。それを知ったときの私は複雑だった。あの兄が…。

フェンスに肘をついてぼんやりと空を見上げた。どこから飛んできた雲が陽を遮り始めた。