2023年12月16日土曜日

粘着質--14

ブログは、運用している者は全て同一線上に並ぶ。イワシがクジラに絡みつくことも、だから普通にある。そういうのは放っとけばよいのだが、記述を流用されることがあったら黙っていてはいけないと私も思う。

その観点でみれば、彼の記述は相手に幾つも流用されているか、或いはいちいちに絡みつかれていると私は判断する。例えば--サムネールのような小さなサイズで描いてみれば、ほぼ重要なものだけを必然的に選ぶようになる。それはちょっとした練習にはならないか--というような記事を彼が書けば、二三日後にはそっくりな記事を書かれる。文言などは変えてあるがつまりネタは同じだ。またある時は--安価なデッサン人形でも練習には使い様だ--とする記事を彼が書けば、今度は--人物は必ず本物から描こう--などという記事ができる。

つまり彼が何か書けばくっ付くような記事が後にできる訳で、その逆はない。

これは嫌らしいな。それが私の感想だった。子供の頃には似たようなのを見たことはある。子供は子供だ。成長してくる段階では色々ある。しかし社会では困るのだ。と言って、これのために何かするなどと、あまりにも程度が悪すぎて、何をする気にもなれないと言うのが彼の本音だろう。

それは確かに頷けるのだ。彼は過去には業界で仕事をしたこともあって、商業美術と趣味で描いている世界は同じではないが、つまりは彼はプロなのだ。それで仕事ができる描画力がある。今は止めて畑違いの絵を描いているだけなのだ。

彼の判断は、彼としては正しいと思う。白鳥がアヒルと並ぶ必要などどこにもない。

2023年11月16日木曜日

春雨バーガー--16

「それにしても食べもの屋のない町だな」

呆れるようにМは言った。

「多分外食する人間が居ないんだろう、その必要もなさそうだし」

ここに居る人間は皆自分の家で食事をする。外では食べない。田舎はそういうものだ。

「だけどよ、昔の話だろうそれは」

「経営が成り立たないんだよ」

と言いつつ自分でも変だと私は思った。駅前にはバーガーショップがあり、とにかく食堂にも入ったのだ。あることはある。だが流行っている気配はない。やっぱり少ないのだ。

「変じゃないかお前、自分で思い出さないのか、日頃何を喰ってるのか」

「日常のことなんかいちいち覚えているものか」

「そんな奴があるか」

そんなことを喋りながら歩いていると知らないところへ出てしまった。

「引き返そう、この辺は知らない」

「あまり町を歩かないのか」

「散歩くらいするがな、この辺は知らない」

Мは無言だった。私の受け答えが変なのですこし考えているようだった。

しばらく歩いたが、戻っているはずなのに知らない風景が続く。不安になった。

「変だな、道が分からなくなったぞ」

「大丈夫かお前、来た道を戻っているだけじゃないか」

「うん、そのはずなんだが…」

歩いている道は、片方が小山の斜面。何の役にも立たない雑木が生えている。反対側は畑だ。何気に歩いている時は風景など細かく観察しない。暗くなっているし、だから覚えていないのだ。畑の向こうに道路があって車が走っている。コンビニと思しき明かりが見えた。

「あそこで何か買って帰ろう、道はそこで訊いてみよう」

Мがそういうので、何とはなしに同意した。

2023年10月11日水曜日

粘着質--13

私は彼のブログと粘着している女性のブログの記事をのんびりと眺めた。いつから粘着されているのかわからないと彼は言っていたが、本当はそうではあるまい。わかっていたはずだ。多分これがそうだろうという切っ掛けになる彼の記事を見つけた。彼は世間で言うところの、いわゆる--講釈垂れ--が嫌いなのだ。そして身近に居る講釈垂れに関する苦言をブログに書いた。

--絵を描いてお説の多い人は、つまりは自分の絵を、引いては自分そのものを評価するように誘導していることが多い。聞かされる人は黙っているけど本音はしんどいだろう。なるべくなら程々にされて、講釈好きなお方はもっとクールに自分を見つめてはいかがか--

言っていることは精々そんなことだが、恐らくこれがカチンときたのだ。彼は決して個人を指して言った訳ではない。しかし身に覚えがあったのだろう。人は気にしていることに関して言葉が多くなり、図星で逆上するものだ。

切っ掛けは精々がこの程度のものだった。ここから以後ずっと彼に粘着するようになった。子供の頃からの経験で、私も色んな人間を知っている。子供は憎悪や歪みがそのまま出てしまうことが多い。しかし大人になれば徐々にモロな出方はしなくなるものだ。情緒レベルで大人に慣れない人間ばかりだと社会は壊れる。しかし一部でそのタイプの人間が混じっているのだ。

2023年8月31日木曜日

癌--14

身を持ち崩したことを、兄は自分でも認識していた。この面では確かに気の毒に思う。学業が出来て大学もすんなり入ったのに中退させられた。家業を無理やりやらされたのだ。つまらない段ボール加工の仕事に父は妙な未来を感じており、兄にこれをやらせて事業を拡大しようとしていた。兄は中退させられたと思ったら直ぐに運転免許を取らされ、取ったら直ぐに商品の配達をやらされた。随分ストレスだったろうと思う。車は派手なエンジン音の中古も中古のダイハツの軽トラだった。幾つも乗らない。そんなので配達していったい一日いくらになったのだろうか。

いつの間にか兄は高校や中学校の同窓会に一切出なくなった。久しぶりに再会する旧友たちがそれなりに出世もして行くなかで兄は父から小遣い程度の賃金をもらう身の上だった。稼ぎなど黙っていればわからぬし、私の感覚ではそこを気にする必要はなかったと思うが、兄としてはたまらなかったのだろう。

しかしそれが持ち崩した原因の全てかと言えば、私にはそうは思えない。後にして分かったのだが、兄は、実は高校生の頃から賭け事が大好きだったのだ。学生時代は精々パチンコで、パチンコ程度なら可愛いが、社会人になってからは競馬競輪ボート、何でも手を出した。それらをずっと、家族には秘密でやっていた。判明した時にはあちこちに随分な借金があった。皆驚愕したのは言うまでもない。

確かに元々の性格がそれだった。その上に、何年家業をやっても収入も増えないし社会的地位とも関係ない。家業は振るわず、食べるのが精々だった。そんな生活をしていたら、何か一つ当てたいと思うのも無理はなかったかも知れない。私には分からない。そもそもの性格だったのか父の強引さが更なる引き金だったのか。いつの間にか兄は自己管理がまるでできない性格になっており、それがずっと私を苦しめることになった。


2023年8月19日土曜日

癌--13

兄はまだ自分が死に行く身であることを知らない。薄々感じてはいるが知らないふりをしているのかも知れないし信じたくないのかも知れない。元々兄は己に都合の悪いこととかは考えない性格だった。

ぼんやりこの兄のことを考える。決して仲の良い兄弟じゃなかった。どころか、歳が離れているので共有できることが少なくて、仲よく遊んだ記憶があまりない。遊んでいても虫の居所がちょっと悪ければ八つ当たりされたりが毎日だった。性格は全くの小姑で、私がある年齢に達するまでは毎日嫌なことを仕掛けてくる変なものでしかなかった。

半面学業は割とできて、学校や教師からの評価も高かった。一方私はまるで出来損ないで、親は二人とも蔑視線を私に向けていたように思う。特に母が私を叱る時は何故と思う程の憎悪の表情だった。今思い出してもどうしてあれ程顔を歪めていたのか、その理由を私は知らない。軍隊上がりの父は父で、異様な程乱暴だったことがある。一人が私を叱れば三人が一緒になることが多かった。

嫌な兄だったがとにかく学業はできた。大学にもすんなり進学して順風に見えたその兄が、途中までは自分の志はあったろうが、崩れた。身を持ち崩したのだ。


2023年7月12日水曜日

春雨バーガー--15

まだそんなに腹は空いていないから、散歩のついでに、適当な店があったら入ろうという考えていた。しかし営業しているように見えた食堂はどこも閉鎖されていた。道々発見する割と新しく見える店もとっくに営業していないようだった。Мは笑った。

「お前、どうやって飯食ってたんだ。自炊はしていないんだろう」

そう言われるとそうだ。俺はどこで何を喰ってたんだろう。きっとコンビニで何か買ってたんだ。なんだかよく覚えていない。でも普通の人間でも昨日何を食べたかなんて覚えていないのが普通だ。別にどうってことない。

「そうだけどよ、やっぱり変だぜ。何喰ったかは覚えてなくてもどこで食べたかくらいは覚えているもんよ。いつも行く店とかさ」

「いや、だからこのまえはあそこでプリ定食を…」

と言いかけて私は黙った。あの店は初めてなのだ。じゃあ日常の食事はどうしていたのか。それを言われれば自分でも不思議だ。

「まあ、しばらく歩いてみよう。そんなんじゃ町を歩いたこともあまりないんだろ。たまには散歩しろよ」

「散歩は嫌いじゃない」

「だろ、ちょっと気分を変えろ。お前、ちょっと心身面で疲れているんじゃないかね」

別に何かがストレスとかもない。何かが心配で眠れないとかもない。ちょっと首を捻りながら私は答えた。

「別にそんな気もしないがな」

「だから、ああいうのは気付かない内にストレスが溜まるんだ。気を付けた方が良いぜ」

そうかも知れないと思った。振り返ってみるとこの町へ来てからちょっとばかり変だと思わぬこともない。記憶が錯綜しているというか、何だか半分夢を見ているような気もする。

そんなことを言いつつ二人でトボトボと歩いた。日が傾いてきた。眼に入る光景は何も面白くない。民家とも倉庫ともつかぬ建物が適当に並んで街を形成している。殺風景を絵に描いたような町だ。

こんな町だったかなと、私は思った。

2023年6月8日木曜日

癌--12

どうにかしばらくは平穏だった。いきなりなものは食べられないので、なるべくは消化の良いものを医者の指示に従って食べるようにしていた。しかしそれも少しずつは食べられるようになり、この状態が少しでも長く続けばと私は願った。兄はまだ自分が癌であるとは悟っていない。

そんな時期に、私は別にどこかに用があるでもなく、何度かふらっと外出してあてもなく街をさ迷った。単純にそうしたかっただけなのだが、自宅に居るのは気分的にしんどかった。といって、年寄りと病人だから長い時間は無理。精々隣街をうろついて、ちょっと大きなスーパーで買い物をして帰ってくるようなことを何度か繰り返した。平穏は続かない。それはもう分かり切っている。いつそれが始まるか、毎日それを恐れて生きていた。

癌は臭いに出るという。兄が用を足した後に腐った玉ねぎの匂いがするようになった。以前からそれは漂っていたのだが、急により強くなっている気がした。

やっぱりな…。覚悟は当然していたのだが、身体の力が一度に抜けるような気がした。そしてどうにかひと月が過ぎた頃、腹が変だと言い始めた。触ると固くなっていて少し痛むと言い始めた。

平穏だったのは、たったひと月だった。


2023年4月24日月曜日

粘着質--12

ふと思い出して私は訊いた。「粘着する奴が、もうひとり居たんだっけ」

「ああ、友人みたいだが、双方で褒めあっている。類は友を呼ぶと言うやつだな」

類は友を呼ぶと言うのか。私はずっと、類は類を呼ぶと言っていた。こういう場合はそちらが雰囲気に合っていると思うが、続けて訊いた。

「そいつの粘着はまた違った種類なのか」

「こっちはさすがに多少は大人しいのだが、基本的に同じだ。追い記事書きだな」

「なんだ追い記事って」

「ある種の技法についてちょっと書くとするだろ。するとそれについては自分の方がよく知っていると言う感じの記事を上げてくる」

成る程その類なら知っている。誰でも多少はそう言うところがある。だがそれもやっぱり程度問題なのだ。

「頻繁なのか」

「何度かあって、それとなく警告したらし以後は止んだ。その後はこちらがアクセスしないので知らない。しかし基本的には同じ類だろうな」

「アクセスしないのなら、向こうで何を書いているか知れないのだな」

「知らん」

「気にならないのか」

「ならん。ならんけど、こいつのしょうもないところは、その追い記事を作るのに他人の記事から似たところを引っ張ってくるんだ。作例なども自分で描いたものじゃない、他の有名な人の記事から引用するんだな」

「画像なんかも使っているのか」

「自分に描けるようなものじゃないからね」

「ありなんだそう言うの」

「さあね、俺はやったことないから知らんがね、誰それからの引用と断っておくと構わないのかも知れん。それにしても俺はそんなことはしない。記事を書くなら必ず自分で作例を描く。それが誰かを参考にしているかどうかはともかく自分で描いたもので記事を書く。でなきゃ記事なんて言えん」

でもね、と彼は言う。もう止めるんだし、どうでも良い。別に商売になる訳でもなし、以後は余計な時間を無駄にしないで済むと。

しかし私は違う。小説を書く上でも色んな種類の人間は観察して置きたいのだ。

2023年2月23日木曜日

粘着質--11

邪気は誰にでもある。それが異常か普通に収まるかの違いしかない。しかしそれなら、異常はどこから来るのか。

世の中には犯罪に走る奴とそうでない奴が居る。強請りたかりができる奴とそうでない奴が居る。異常性欲者とそうでないのが居る。ストーカーになる奴とそうでないのが居る。早く言えばそんなことと同じだろうか。

「で、ブログを止めて後はどうするんだ」

「なにも…」

「なにもしない?」

「そう」

「今までやってきたことがもったいないじゃないか」

アッハッハと彼は笑う。そうでもないと彼は言う。

「ブログが大事なんじゃなくて、それを続けるために絵を描き続けて、俺みたいなヘボでも多少前進があった。それでいいんだよ」

「前進があってどうするんだ。やっぱり公開しなきゃつまらんだろ」

「そのうちまたね。適当にその気になったら始めるさ」

しばらく休むのも悪くない。今はとにかくシャバシャバした気分だと彼は言う。しかし、と私は思う。彼にわざわざシャバシャバと言わせるのだから、それはそれで鬱陶しかったに違ない。

「お前の感じる通り、この人は邪気がきっと凄いんだ。俺はスピリチュアルなことは言いたくないが、邪気からは遠ざかった方が良い。どこかで切らないとろくなことがない」

「それはそうだろうけど、だからって、一度切ってもどうせバレるぜ。ずっと止めちまうんならともかく、絵を見りゃ分かるんだろうから」

「まあ、その時は多少遊ぶさ」

どんな考えがあるか知れないが、彼はハッハッハと笑った。




2023年2月4日土曜日

春雨バーガー 14

確かに、ステーキに虫が混入していたなど聞いたことがない。でも、だからって今日はステーキを食べる気になれない。たらふく食べる心境にないのだ。

「食べなきゃ死んじまうんだぜ」

「分かってるよそんなこと」 

「じゃあ行こう。とにかく長いものを遠ざける訳だな。ラーメンうどんの類はやめて、野菜のてんぷら定食なんかだったらどうだ」

「別にそんなに神経質になっている訳じゃないよ。ただ、どうして立て続けにと思うだけさ」

「物事は、起きる時には重なるのさ。ほれ、飛行機事故なんかそうだろ」

彼はそう言って確率の片寄りなどというお説をひとしきりぶつのだった。何度も聞いた。サイコロ六回を振って綺麗に確率が散らばることはない。必ず同じ数字が出る。 そんなことから宝くじを当てる方法も考えたらしいが、当たったことは一度もない。

 ブラブラと二人で歩いた。辺鄙な田舎町だから食堂などいくらもありはしない。駅前にファミレスのひとつもない。人々の多くは自宅で食事をするだろう。そう言う町だ。それでどうして食堂があるのか、むしろ不思議なくらいだった。

「でもよ、駅前にバーガーショップがあるじゃん」

「そりゃそうだけど」

「店があるってことは需要もあるんだ。お前は越してきたばかりで町を知らないんだよ」

しかし私は、あの店はきっと長く持たないと思った。春雨バーガーなんか、どんなもの好きが食べるのか。



2023年1月3日火曜日

春雨バーガー 13

「それでそんなものばっか喰ってんのか」 

 あきれ顔で彼は言った。元同僚のMだ。狭い一室で机を並べて仕事をしていた。つまらない不鮮明な図面を書き起こす退屈な仕事だった。じっと我慢してれば良かったかもしれない。しかし単価を巡ってㇳラブルになり私は会社を去った。 

 「それじゃ体を壊すぜ」 部屋の中の様子をずっと見まわしてから私の眼を見た。 

「そうだけど、なんだかなあ」 

「そんなの見たらしばらくはそうかも知れないけど、直ぐに普通に戻るさ」 

 どうも越してきてからの雰囲気が変なので私が彼を呼んだのだ。私が去った後も付き合いは続いていた。一泊して日曜日に帰る予定だ。 

 「炊事はしてるの」 

「あんまり…」 

「だろうな、ここじゃ」 

「する気になったら何でもできるさ」 

と言ってもこの数日はポテトチップスやインスタントラーメンみたいのばかり食べている。それを彼は心配しているようだった。 

 「俺な、親元から離れて独り住まいを始めた時、節約する意味でインスタントラーメンにコロッケを入れてコロッケラーメンばかり食ってたんだ」 

「コロッケラーメンは美味い」 

「美味いけどよ、インスタントは身体に悪いんだよ。たまには良いけど連続して食べるもんじゃない」 

「どうなるんだ」 

「激しい下痢を起こす。それが何日も続く」

 「下痢か…」 

下痢が続くと何度もトイレに駆け込むことになる。今のトイレを考えるとちょっと面倒だなと頭を過った。 

「多分、油か何かが悪いんだな。毎日下痢が続いたら身体からビタミンAが抜ける。俺はそれで目を悪くしたんだ」

 彼はスモークの入った眼鏡をかけている。それが理由だったのか、今まで知らなかかった。 

 「晩飯は外へ行くんだろ」 

「うん…」 

「俺は気にしないが、お前は心配のないのを食べりゃいいんだ」 

ラーメンや魚以外なら大丈夫だろうと彼は言うのだった。