2023年6月8日木曜日

癌--12

どうにかしばらくは平穏だった。いきなりなものは食べられないので、なるべくは消化の良いものを医者の指示に従って食べるようにしていた。しかしそれも少しずつは食べられるようになり、この状態が少しでも長く続けばと私は願った。兄はまだ自分が癌であるとは悟っていない。

そんな時期に、私は別にどこかに用があるでもなく、何度かふらっと外出してあてもなく街をさ迷った。単純にそうしたかっただけなのだが、自宅に居るのは気分的にしんどかった。といって、年寄りと病人だから長い時間は無理。精々隣街をうろついて、ちょっと大きなスーパーで買い物をして帰ってくるようなことを何度か繰り返した。平穏は続かない。それはもう分かり切っている。いつそれが始まるか、毎日それを恐れて生きていた。

癌は臭いに出るという。兄が用を足した後に腐った玉ねぎの匂いがするようになった。以前からそれは漂っていたのだが、急により強くなっている気がした。

やっぱりな…。覚悟は当然していたのだが、身体の力が一度に抜けるような気がした。そしてどうにかひと月が過ぎた頃、腹が変だと言い始めた。触ると固くなっていて少し痛むと言い始めた。

平穏だったのは、たったひと月だった。