2022年3月31日木曜日

粘着質--4

彼は放置するつもりのようだった。そんなの相手にしていては自分を下げる。それはそうかも知れない。しかし私はいささか興味を持った。凡そ人間にはサラッとした人間と粘着質でくどい人間が居る。いったいどこからそれが別れてくるのか。生まれつきなのか育ちなのか。

粘着は誰にでもある。言い合いになったらなかなか収まらないのもそうだし、惚れた相手の近所をうろつく程度のことは大なり小なり誰でもある。しかし異常に強いのが存在する。彼に粘着している相手がどんな人間なのか、眺めてみるだけでも面白いかも知れない。

彼のブログよりも相手を眺めた方が手っ取り早い。相手は彼に読ませることを目的にして記事を書いている。的を絞っていてその全ては彼を否定することと当て擦りだ。そんな記事ならすぐに判断が着く。それに相手はタイトルにそれがモロに出ていると言うから探す苦労もない。

一体何が切っ掛けで彼に粘着するようになったのか。必ず切っ掛けがある。彼がごく一般論として書いた記事が気に入らなかった。大体はそんなところだ。しかしそれでいて彼の記事からネタを取っているという。

確かにそういう人は居る。私の過去を振り返っても何人もいた。だから別に、珍しいことでもないのだが…。

2022年3月23日水曜日

癌 9

エレベーターの音がして、扉が開いたと思うと若い看護婦が私の名前を呼んだ。振り向くと随分息せき切って看護婦の顔が弾んでいる。手術は成功したのだとそれが語っていた。

この手の手術はあり触れていてそんなに危ないものではない。大体は上手く行く。しかし家族にそれを伝える時は看護婦もやはり気が弾むのだろう。

手術室のある階まで降りて、看護婦が私を待たせたまま一旦手術室に入り、しばらくするとドアを開けてどうぞと招いた。執刀医がそこで待っていた。この医者は主治医ではないが、その上位にある者のようだ。某大学の副教授らしい。頭を下げる私に、透明ケースに入った切り取った胃の一部を私に見せた。

一部と言ってもかなり大きい。私は胸につかえた。生肉を見るのさえ苦手なのだ。顔を歪める私に大体を説明したが、あまり頭に入らなかった。どうせ成功したならそれで良いのだった。

その後また案内されて別の階の部屋に入った。兄はここに居ると言う。しばらくここで様子を見るそうだ。

ベッドの脇に主治医が立っていた。主治医はまだ若い女性だったが、先ほどの医師と二人での手術だった。それだけにやはり気の強そうな面もあった。その人の眼が笑っていた。

兄は麻酔が切れかかって大きなあくびを何度もした。

良かった。一段落だなと、私もホッとする思いだった。一応の感謝を込めて、私は深々と主治医に頭を下げた。

2022年3月20日日曜日

春雨バーガー 11

照り焼きと言うがその雰囲気はなかった。煮詰めに近い。照り焼きを煮詰めたのだろうか。もったいない話だ。

味は----思ったほど悪くはない。ある程度の覚悟をしたので、我慢が効いたのだろう。味噌汁にはなにかやたらと入っている。芋キャベツ人参そのた諸々。味噌汁と言うより、子供の頃の友達のお母さんが作った味噌雑煮に似ていた。上手いも不味いもない。私はもっと具の少ないのが好みだ。味噌汁はとにかく具よりも汁が命なのだ。とはいえギョッとするようなものでもないので一応は何気もなく食べていた。

私は皮と血合いが食べられない。いつもそこで分けて食べてる。同じようにして食べた。

ひと口ふた口普通に食べてご飯を食らい味噌汁を飲み、モグモグさせながら次を取ろうと箸を持っていくと、血合いと白身の境目に何か挟まっている。一ミリに足りないくらいの太さのやや透明な感じのひも状だ。

春雨?

一瞬そう思った。こんなところにまで春雨…。私は血合いと白身の隙間を拡げて先端を箸でつまんで持ち上げてみた。するとそいつはアコーデオンのようににジグザグに血合いと白身の隙間に挟まっていた。

考える必要はなかった。それがなにか直ぐに判った。寄生虫だ。

 

2022年3月12日土曜日

トイレ--1

「その…、隣りの爺さんは一日家に居たのかい」

「そうみたい、爺さんだからもう仕事はしていなかったのだろうって」

知り合いの女性沙保里とのちょっとした世間話だった。沙保里の知り合いの話をまた聞きしている。聞くところによると、その女性は今も両親が住んでいる郊外の一戸建て住宅で生まれた。いわゆるバブルが弾けて、さらに年を経るごとにどんどん住宅が値下がりして、そんな時、若い両親が住まいを探して歩いた。

中古だったがようやく適当な物件を見つけた。都内のアパートに住んでいることと比べたら、凡そ毎月の支払いが半分近くになって住宅が持てた。一応は隣近所の雰囲気なども調べて、問題になるようなことは何もないように見えた。少なくともその時は。 

 やがて女性が生まれた。一人娘だ。大事に育てられ、高校まで地元の学校に通ったが中学生の頃には近所でもちょっと見ない可愛い娘になっていたらしい。 

 「今でも美人なんだ」

 「そりゃまあ、悔しいけど私よりはね」と沙保里はひと区切りして「でも、ちょっと気の毒な生まれよね、痴漢に遭ったこともあるし」と言った。美人なら一つ二つはそういうこともあるかも知れない。 

 「彼女、子供の内はあまり気にしなかったそうだけど」 

中学生になったころ、そろそろ隣りのオヤジが気になりだしたというのだ。

2022年3月8日火曜日

粘着質--3

しかし、相手にはしないと言っても、それもまた難しいと彼は言う。

相手にはしない。しないけれど、こちらで書いた記事をアレンジして自分の記事にしている。これはかなり嫌な感じだと彼は言うのだ。相手にしないと言うことは、記事を書かないということだ。だから、まったく関係のない話題を書くしかない。しかしそれだとアートのブログにはならない。

なるほど、それは困ったもんだ。とすると結局は放置ブログにするのか。それでも良いと彼は言う。元々アートのブログなどアクセスなど知れている。苦労しても金にもならないのだからそれで良いのだと。

「俺が観察してやろうか」ついそんなセリフが出た。

「お前が観察してどうする」

「俺は文章だから、そんな事から意外なものが書けるかも知れん。そいつの文言の癖やそれ以前の人としての癖や性格の問題がある。しばらく観察していると、結構ゾッとするものが覗けるかも知れんぜ」

「それがネタになるのか」

「何でもネタになるんだ。人間の腹の底のドロドロした部分はまんまオカルトさ。そんなのが普通に混じって生きている。ストーカーの始まりだって粘着質だよ。周りは薄々気づいても知らん顔して付き合っている。これがそもそもはオカルトホラーさ。まあ、お前は知らん顔してしばらく続けろ、いよいよ阿保らしくなったらそれで止めれば良いのだ」

「好きなようにしろ」と彼は言った。「ネットというところはどうしてもこんなのが出てくる。これはまだ精々当て擦りを言っているだけで可愛いものさ」

「だけどお前、そんな思いしてなんでブログを続けているのだ。今すぐ止めたってどうってことないだろ」

「何人かフォローが居る。だから止めてしまうのもちょっとね」

長い事こいつと付き合っているが、相変わらずお人好しで踏ん切りの着かない性格だと思った。

2022年3月1日火曜日

粘着質--2

「それならいっそ遊んでやったらどうだ」
半ば冗談だったが、半分は面白く感じていた。
「遊ぶってどうする」
「だから、相手は粘着しているんだろ、だったら何か一つ餌を与えて仕事をさせるんだ」
「そんなことしてどうするんだ」
「だから、どうせ粘着されているのだから、他のブログを立てても見つけてねちゃついてくるぜ。絵柄なんかでどうしたって判るだろ。それならいっそ知らん顔して餌だけやるのさ。その度にあっちは過剰に反応する。日常事なんかきっとそっちのけさ」
「そうかな」
と言って彼は少し考えていた。

「こっちは徹底して一般論を書く。飽くまで向こうには全然関心はない。相手はこっちを的にして反応してくる。それで段々粘着を越えてくる。それで狂わせるのさ」
「馬鹿を観察するのは面白い?」
「そうさ、そのくらいの余裕は持つのさ。飽くまでこっちは一般論、何があっても知らん顔。あっちは日々カッカしてくる。ドンドン怒らせるんだよ。どこかで一線を越えたら面白いぜ。相手がそれ程の馬鹿でないなら途中で気づいてあっちから距離を取る」
しばらく考えて彼はボソッと呟いた。
「面白いかも知れんが、俺はそいつらとは違う。正常人間さ。そんなエネルギーはないよ」

面白そうだったので、ちょっと私は残念だった。しかし安心もした。彼がそんなのを相手にする性格でないことを。
「じゃあ、ブログはどうするんだ。相手はお前を批判しているんだろ、少なくとも自分の周りにはわかる程度に」
「適当に放っとくさ、思い出したら書いても良い。どうせアクセスなんかに興味はないし。周りだって馬鹿でもなければ気味悪くなって遠ざかるだろ」
「いいのかなそれで、やっぱり変だと思うぜ。そんなのが出てくるたびに面倒なんて。それにそんな奴の周りにはそんなのが集まるんだ。現に二人居るんだろ」
「元々それがネットの世界なんだよ。いや、ネットじゃなくてそれが人の世の中なんだ。普段は見えないだけで、一皮剥いたら怪物はどこにでもいるので」
「じゃあお前も怪物になれよ」
「俺は一皮剥いても真人間、ないよりましの何とかさ」

私たちはふたりしてあっはっはと笑った。