2022年3月23日水曜日

癌 9

エレベーターの音がして、扉が開いたと思うと若い看護婦が私の名前を呼んだ。振り向くと随分息せき切って看護婦の顔が弾んでいる。手術は成功したのだとそれが語っていた。

この手の手術はあり触れていてそんなに危ないものではない。大体は上手く行く。しかし家族にそれを伝える時は看護婦もやはり気が弾むのだろう。

手術室のある階まで降りて、看護婦が私を待たせたまま一旦手術室に入り、しばらくするとドアを開けてどうぞと招いた。執刀医がそこで待っていた。この医者は主治医ではないが、その上位にある者のようだ。某大学の副教授らしい。頭を下げる私に、透明ケースに入った切り取った胃の一部を私に見せた。

一部と言ってもかなり大きい。私は胸につかえた。生肉を見るのさえ苦手なのだ。顔を歪める私に大体を説明したが、あまり頭に入らなかった。どうせ成功したならそれで良いのだった。

その後また案内されて別の階の部屋に入った。兄はここに居ると言う。しばらくここで様子を見るそうだ。

ベッドの脇に主治医が立っていた。主治医はまだ若い女性だったが、先ほどの医師と二人での手術だった。それだけにやはり気の強そうな面もあった。その人の眼が笑っていた。

兄は麻酔が切れかかって大きなあくびを何度もした。

良かった。一段落だなと、私もホッとする思いだった。一応の感謝を込めて、私は深々と主治医に頭を下げた。

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