2021年12月8日水曜日

癌 7

急場に居なくなる。一大事が発生したときに何故か居ない。兄にはそういう不思議なところがあった。

予期せぬことだから計った訳ではないのだが、ついフラッと出かけて、その後に一大事が起きて、皆どこへ行ったと探すのだが、連絡が取れない。昔は現在と違って連絡手段がない。見当を付けて電話を入れたり駆けつけたりするのだが、どこにも居ない。商売をしていたから、手違いにで納品することもあった。直ぐに作り直さねばならないのだが、探す時間さえ惜しい。夜遅くになってようやくホッとしかかったときにフラッと帰ってくる。何度かそういうことがあった。そういう星だったのだ。父が亡くなったときも同じだった。休日なのにわざわざ出て行って、しかも会社へは行っていない。言ってもしょうがないが、隠れた奇妙な部分が兄には付きまとった。

自分を過大に見せたいところがあって、他人に奢ってまで自分のことを語る性格があった。それが借金にまで膨らんだことがあった。相手が聞いている限りお喋りは止まらない。そんな兄を見ていたせいか、私は逆の性格になった。自分を誇る奴が嫌いになったのだ。

一体、どんな価値観を持って生きていたのだろうか。価値観など大したものはなくて良いと私は思っているが、自分を自慢したがる人間がどんな価値観を持っているのだろうか。

ぼんやりと遠景にある自分たちの家らしき辺りを眺めながら思う。掴みどころがなく得体の知れないまま、住むとは予想もしなかったこの辺鄙な町で、兄は終わろうとしている。

0 件のコメント:

コメントを投稿