2021年11月6日土曜日

癌 6

兄は交代制の仕事をしていた。父が卒中で倒れた日、本来休日だったが、「忙しいから出てくれと頼まれた」そう言って出て行った。しかし会社には出ていなかった。

父は散歩中に倒れて、その時点で亡くなっていた。警察から連絡があって、母ひとり家に置く訳にも行かず連れて現場に出向いた。その時はもう父の姿はなく、既に運ばれた後だった。署へ呼ばれたときは既に検視は終わっていた。手帳を持たせて、名前と住所を記してあった。 警察の前の公衆から何度も兄の会社に電話を入れたが、来ていないの一点張りだった。

警察は冷たかった。こっちは遺族なのに、そのいたわりもなかった。冷たい視線の嫌らしい男は係長だと言った。まるで犯罪者の扱いだった。こういう時は、そういうものなのだろうか。色々訊かれた後、所持していたものなどの確認をして、ようやく父の遺体の前に案内された。汚い倉庫のようななかだった。事件性がないので葬儀屋に連絡を入れてそのまま遺体を運んでもらった。

その間の母が心配だった。亡くなったということがわからずに、ずっと病院に居るのだと思っていた。どこに居るのか何度も訊いた。しかし棺桶を見せられて声をなくした。それでもしばらくは事態が飲み込めないようだった。

兄が居てくれたらと、何度も思った。

家に遺体を運んで、ようやくホッとした。母は疲れが出て倒れるように横になった。夜の十時ごろ、兄はようやく帰ってきた。

どこへ行っていたのか。会社に行ってたと言うのは嘘だったのか。私は頭に来ていた。兄は父の死を知って一旦は仰天したが、直ぐにいい訳を始めた。急に他の部署へ行ってくれと言われて…。

「嘘つけ、会社はそんなこと言ってなかったぞ。こんな時に適当なことを言って行方不明になるなんて、いったい自分はどういう人間か」

兄には得体の知れないところがあった。小さな嘘を平気で吐くようになっていた。一大事が起きたとき、何故か兄は居なかった。結局この時も、どこで何をしていたのか遂にわからない。

この兄のせいでいったいどれ程の苦労心配があったろうか。

そんなことをぼんやり考えた。

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